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孟子(講談社学術文庫) [本(東洋史]

『孟子』
貝塚茂樹(古代中国史、甲骨文字)
講談社学術文庫(2004)


孟子の人物像をバランスよく簡潔に知る良書。

鄭は商人層、衛は手工業者に勢力があった。
鄭衛の音楽という言葉のように民衆文化の地域というわけ。

孟子は、理想主義者であるが、それを実現しようと思った。
斉王に燕への侵攻を勧めた孟子。
燕の乱につけ込んだのである。

孟子は学者としてより雄弁家として高名を得た。
戦国の縦横家、張儀、蘇秦とも似た面を持つのだ。

浩然の気とは何か。
至大至剛にして、
まっすぐに育てじゃまをしないと天地の間に一杯になる、
義と道から離れることはできず分離すると衰える、
義を行ったのが積み重なって発生したもの。

スケールがあるというか、曖昧というか。
孟子と孔子ともに実はかなり勇士タイプなのが面白い。

最近、光武帝劉秀の思想には孟子の影響があることが気になっている。

孟子は、心が動揺しない方法として、
孟施舍の言葉:勝てないときも勝てるような態度で対する
(視不勝猶勝也)
を、紹介している。
劉秀は、どんなに命が危険にさらされても軽口を叩き、
決して弱気な言葉を口にしたことがなかった。

人間を殺すことを好まない人が天下を統一することができる。
(不嗜殺人者能一之)
これはまさに統一後に剣を捨てた劉秀に相応しい。
劉秀は、戦場以外ではほとんど殺すことなく寛容であった。

人民といっしょに楽しむなら真の王となる。
(與百姓同樂,則王矣)
劉秀はこれとほぼ同じ内容の言葉を口にしている。

大志を持つ君主には呼び出すことのできない臣下がいる。
(故將大有為之君,必有所不召之臣)
劉秀には、厳光など、部下にならなかった隠者の知人が多数いた。

政治は人民の心を得ること。
(得天下有道:得其民,斯得天下矣)
劉秀は人権政策、奴隷解放などを行い"庶民を最優先とせよ"が口癖だった。

頭脳を働かせるものは他人を統治し、
肉体を働かせるものは他人に統治される。
(労心者治人,労力者治於人)
後漢王朝の経済方針は、階層による分業体制による生産性の向上だった。

人の上に立つ大人は赤子の気持ちを失っていない天真爛漫な人である。
(大人者,不失其赤子之心者也)
劉秀の平時の正直過ぎる冗談と緊張感のなさは赤子の気持ちと言えよう。

民を貴しと為し社稷これに次ぎ君を軽しと為す。
(民為貴,社稷次之,君為軽)
劉秀は、民衆最優先で、自らの命の危険にさらして戦った人である。
面白いところとしては、無二の忠臣たる呉漢は、
河北での劉秀唯一の敗戦のときの劉秀戦死の噂に、
劉秀の兄の子がいるから恐れることはないと、
冷たいことを言っている。まさに君を軽しと為しているわけ。

孟子というと、非現実的というイメージがあるが、
その理想は決して不可能なものではないのだ。

『安禄山と楊貴妃』
藤善真澄(東洋史学)
清水新書(1984)


玄宗、安禄山、楊貴妃、楊国忠、李林甫らの話。

二聖と仰がれた安禄山と史思明。
駐屯地では極めて人望があった。
このことは、史書の記述にも偏りがあることを示すのだろう。

楊国忠は経済経営手腕があったらしい。

道教経典を試験とした道挙というものがあったらしい。
科挙は儒教で、武挙は武術、それに道挙と。

『中国史(下)』
宮崎市定(中国の社会、経済、制度史。擬古派の代表格)
岩波全書(1978)


景気変動論を無視すれば良書。

王安石の改革
均輸法:近くて安いところで物資を調達
青苗法:銭を貸して穀物を収める
市易法:国立銀行と倉庫業の新機関を設立
募役法:運営に必要な最小限を付加税として徴収
保甲保馬法:自警団の組織・馬を買わせて養育

これらを王安石は、名もなき民間人の提案から考えたらしい。
単なる自分の思索でなく、民衆を良く見ていた政治家だったのだ。

宋を攻めた金の総帥は太祖趙匡胤に似ていた。
生まれ変わりと言われたという。
誰のことだろうか気になる。

紙幣の信用の安定した孝宗の時代
道学派は禅宗に近い儒教の形をした仏教とも

朱子の宇宙論:精神的原理の理・物質的原理の気

中国の反乱はたいてい失業者の反乱。
治水工事完成後の労働者の解散と失業問題があるらしい。
義和団事件も大運河の運搬業労働者が汽船の運航で失業したため。

あと。軍事遠征の失敗とその兵士の解散後の失業問題もあるな。

王陽明の陽明学
心即理:人間の心は絶対善・本来の姿にする
致良知:心の作用で良知をフル活動させる
知行合一:知は単なる認識でなく行為に持っていく認識

秀吉の朝鮮侵攻は、裏で堺の商人が煽動したらしい。

三民主義の民族、民権、民主は、
リンカーンの国民の、国民による、国民のための
フランス革命の自由、平等、博愛
に相当するものらしい。

『中国史(上)』
宮崎市定(中国の社会、経済、制度史。擬古派の代表格)
岩波全書(1977)


景気変動論を無視すれば良書。

時代区分を西洋と統一して考えるのが面白い。
西アジアが最も進み、やや遅れて東洋、
さらに遅れてヨーロッパ、日本である。

後漢まで古代・ローマ帝国滅亡まで古代
古代:太古より漢代
中世:三国より唐末五代
近世:宋以後清朝滅亡まで
最近世:中華民国以後

姫はもともと固有名詞。周王室の姓である。
女性は結婚後も実家の姓を名乗るので、それが一般名詞の姫となった。

義渠はインド・イラン系。火葬の習慣があった。

胡服騎射はアレクサンダーの東征の影響。
20年で伝播し、趙の武霊王の決断となった。

秦の法律:夫が姦通をなした時これを殺しても罪にならない。
意外に女性に有利な法律だ。

太平道の中心は運輸交通業者。五斗米道も。
道路修理の仕事があるのはそのためらしい。

中世の終わり。宋建国とともに禅譲がなくなる。
禅譲は中世の特徴である。

『古代中国の言語哲学』
浅野裕一(中国哲学)
岩波書店(2003)


戦国時代の論理学を知る。

鄧析、恵施、公孫龍らの実像が面白い。
みな単なる思索の人でなく反戦活動家なのだ。

墨子に出てくる凸面鏡、凹面鏡、ピンホールカメラ。
映画の墨攻に使えばよかったのに。凧を出すよりいいと思うな。

『〈辞書〉の発明』
大島正二(言語学、中国語学)
三省堂(1997)


中国の歴代の辞書の話。

中国語では形が実体で音と義はその属性。
言語学の常識と逆に認識されていたのだ。

左伝文公十三年秦と晋で会話に通訳が必要だった。
方言の違いが大きいわけだ。
江戸時代の日本でも江戸には通訳がいたわけだしね。

後漢は学問が熟化して、
学術研究の気風が育ち士人の自覚が高揚した時代。
後漢の文化の繁栄はなかなかのものである。

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